2007年05月18日

新聞の効果Part3!



この間からの続き...

入ってみて、まぁ楽しい楽しい!
工業高校出身で女性と会話することなんて、ほとんどなかったのに
先輩が話を振ってくれるおかげで、女性との会話もスムーズに。

「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」などなど、新人スタッフ4名の中で
一番大きな声で発声して、電話がなれば対応も出来ないのに一番にとって
予約を受け付け、下手くそなりにとにかく毎日一生懸命仕事していました。
(ちなみにシャンプー技術試験は4名中最下位でやっと合格)

幅広い年齢層のお客様がいらっしゃる美容室だったので、
私の大好きな可愛いおばあちゃんもご来店。一生懸命シャンプーしてマッサージ
出来ることを一生懸命やって、おばあちゃんから「ありがとう」と握手。
一緒にチップが入っていた事もしょっちゅうありました。

ありがとうと感謝されて、お金がもらえる!こんな良い仕事はない。
介護福祉を諦めた私が、この仕事を続けようと決心したのもこの頃です!

決心しただけに、あとは走り続けました。
遅刻(半年に一回くらい3~5分くらい)・欠勤は絶対にしない。(熱が出ても)
夏休み・冬休みが各自割り当てられましたが、そんな暇があれば仕事に...

カット講習で教えてもらった先生のサロンへ研修に行って、
違うサロンの良さを勉強!しかし自サロンの良さも再認識。

どこで働いたとしても自分次第で、どうにでも変われると確信を持ちました。
訳あって、そのサロンは退社。その後、八代の1サロンを経て
有限会社T・L・Sの基盤となるBPJ'S松橋店に入社。

当時の店長が一年後、退社して美容学校の先生になる為に
入社後すぐにチーフという役職で入社(当時22歳)
チーフと言ってもキャリア3年未満でそれまでは一日一人くらいしか
担当していなかった若造が、いきなり一日10名前後を担当することに...

ここからも必死に、とにかくお客様に対応しました。
カルテにはお客様情報をビッシリ、そして一週間以内にサンキューレター
営業の中で問題があった部分は、終礼で反省後すぐに練習会。
4名のスタッフで一丸となって、顧客満足度を上げる為に毎日頑張っていました。

その中でも、売上を任される立場になっていたので売上を上げる為の方法を考え
当時、上司から大反対を受けた「年中無休」「毎日夜23時まで営業」←無謀(笑)
他のスタッフには休みを取ってもらい、交代制で出勤などイロイロとやって
売上が倍増!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

その代償にスタッフが二名退社←この時は、意外に落ち込むこともなかった...
(何かをやり遂げようとした場合は、何かが犠牲に...)
当時は16時間サロンで仕事、1時間は移動時間、1時間が準備などで
睡眠が5時間。←これを3ヶ月続けました。自分の時間は全く無し!!!

これ以上は自分自身のモチベーションが上がって仕事をする事は二度とないと思って。
2年後これ以上、睡眠時間を削って仕事をする事など思ってもおらず...

この後は、業績も順調に伸び続けて、そろそろ自分のサロンでも開店しようと...
その空気を社長も感じたのか、「東京に出てこい」と
何名かのスタッフが東京で仕事をしたいと言って、退社していたので
東京がなんぼのもんじゃい???と思っていただけに、スグに上京!!!!!!!!!!!!!

東京での仕事は、また次回!

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